複雑な歴史を持つ「大久保」は、国際色が豊かな街!

大久保といえば「JR大久保駅」や「新大久保駅」辺りを指し、その一帯にはコリアン・タウンが形成されています。
この大久保周辺は、大正時代から終戦までは東京有数の高級住宅街として知られていたそうです。華族や実業家の豪邸が立ち並んでいた他、様々な文学者が住み、クラブなどに集い遊びに興じていたといいます。それが、1945年3月、太平洋戦争の東京大空襲の被害に遭い、街のほぼ全域は燃え尽き、家を失った住民が街を離れてしまったそうです。そして、朝鮮戦争の頃には、GIにより売春が行われる、いわゆる「赤線地区」のような地域になってまった歴史もあるようです。その後、大久保の住宅の多くは連れ込み宿となってしまったともいわれています。
しかし現在では、一般的な住宅街となり、冒頭で述べたように駅周辺は日本最大のコリアン・タウンとなりました。過去の歴史と関係してか、大久保の周辺は在日韓国人をはじめ、様々な国籍の人をみかけるように思います。そして飲食店も韓国料理店が群を抜けて多いようですが、中国・タイ・ミャンマー・インドなどのアジア諸国の料理店が数多くみられるのも特色です。
このような外国料理のお店では、従業員も主にその国の人が多いように思います。また、留学生として日本の大学などで学んでいる人でも、許可を得ればバイトをすることが可能だといいます。そうした場合、大久保のような外国人が多く住む地域では、同じ国の人が経営する店舗も見つけやすいことでしょう。そのため、留学生の中には大久保周辺でバイトをする人も多そうですから、様々な国の文化や言葉に触れられる地域といえるでしょう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です